遺品整理の現場から見える「孤独死の現実」

遺品整理の現場から見える「孤独死の現実」。
もっと発見が早ければ、
きれいな姿で旅立てたのに。
そう思うことがあります。
孤独死の現場は発見が遅れやすい
孤独死の現場は、発見が遅れやすいです。
遅れた分だけ部屋の中の状況は重くなり、
関係者の負担も大きくなる。
まずこの事実から目をそらせません。
私たちが見たものは
ドラマや物語ではなく、
「気づかれないまま時間が過ぎた」
という現実です。
私は、そこに個人の問題より、
社会側の課題を感じます。
「なぜ、こうなる前に止められなかったのか」
と、いつも思ってしまうのです。
発見が遅れる理由は
異変に気づく“接点”が
日常から消えているからです。
単身世帯が増え、家族は遠方。
近所づきあいは薄くなり、
人とのつながりも弱くなっていく。
要するに「気づけない状態」が
当たり前になっている。
この状態が続けば、異変は見過ごされ、
発見は遅れるのも当然です。
「あなたのきれい事ですか?」
そう思われるかもしれませんが、
私たちには熱い想いがあります。
その想いとは、遺品整理業を通じて、
「どうすれば孤独死をこの世の中から減らせるのか」
これを大きな課題として向き合っています。
まずは、自分たちでもできることから始めます。
大げさな話ではなく、
日常の中に“気づける導線”を増やすことです。
必要なのは「気づける導線」
地域包括支援センターや民生委員、
見守りネットワークなど、
すでに多くの方が、懸命に動いておられます。
それでも、高齢化が進み、独居の方が増え、
担い手の数も追いつかない。
必要なのは、誰か一部の人に
負担を集中させることではなく、
日常の中に”気づける導線”を
増やすことだと思っています。
例えば、
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・挨拶を交わす関係を一人でも多く増やす ・管理会社や大家さんが異変を拾えるルールをつくる ・3日以上顔を見なければ、遺族や関係者に知らせる目安を決めておく |
こうした小さな仕組みの積み重ねが、
発見の遅れを減らし、孤独死を減らす方向に動く。
私は現場を通じて、そう強く感じています。
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