姫路城の桜に誘われて――美しいものを、大切な人と見るということ

昨日、妻とふたりで姫路城へお花見に出かけてきました。
白鷺城の別名にふさわしい白壁に、満開の桜が重なる景色は絵になる美しさです。
お堀沿いをゆっくり歩きながら、「きれいやなぁ」と自然と言葉がこぼれました。
日曜日ということもあり多くの方が訪れていて、桜の下でお弁当を広げるご家族や、カメラを構えるご夫婦の姿も。
姫路城の桜は約1,000本あるといわれています。
ソメイヨシノを中心にシダレザクラやヤマザクラなど種類も豊富で、三の丸広場から見上げる天守閣と桜の共演はまさに圧巻。
ふたりで並んでのんびり桜を眺めていると、ふと思うことがありました。
こうやって誰かと「きれいやなぁ」と言い合える時間は、当たり前のようでいて当たり前ではないのだと。
私たちの親世代も、きっとこんなふうに誰かと桜を眺めた春があったはずです。

アルバムに残された色褪せた写真、押し花のしおり、古びたレジャーシート。
ご遺族のお宅で遺品整理をしていると、そうしたものを目にすることがあります。
そのたびに、この方にも楽しかった春があったんだなと、ふとその情景を想像します。
私たちは遺品整理という仕事を通じて、故人の暮らしの痕跡に触れる毎日を送っています。
食器棚に並んだ夫婦茶碗、壁に掛かったふたりの旅先での写真、引き出しの奥にしまわれた手紙。
遺されたお部屋には、その方が歩んできた日々がそのまま詰まっています。
だからこそ私たちは、一つひとつの品を丁寧に扱うことを何よりも大切にしています。
ご遺族にとって遺品整理は、大切な方の人生を振り返り、気持ちに区切りをつけるための大切な時間です。
「ただ片づける」のではなく、故人の生きた証に敬意を持って向き合う。
それが私たちの仕事だと考えています。
満開の桜はもう散りますが、一緒に見上げた記憶はちゃんと残ります。
来年もまた、姫路城の桜を妻と一緒に見に行こうと思います。
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